【3分法話】光暁かぶらぬものはなし

この一年は感染症問題で初めて経験することばかり、戸惑うことばかりで見通しは立たず不安になることでいっぱいでした。しかし一方で、立ち止まって自分の大事を再確認する、貴重な機会でもありました。
正信偈のお勤めでこのようなご和讃があります。

智慧の光明はかりなし
有量の諸相ことごとく
光暁かぶらぬものはなし
真実明に帰命せよ

仏さまの私を導き育てんとするはたらきは、暁のようでありますとおっしゃっておられます。暁とは真っ暗闇に光が差し込めゆっくりと明るくなってゆく様子です。見えなかったものが見えるように、わからなかったことがわかるようになってゆく。一瞬で変わるのではなく、ゆっくりじわじわと、それが暁であり、仏さまとはまさにそのように働いてくださるのです。
一言のうちにすべてを悟らせることなどできぬ、そんな力ある私ではないことをよく見抜いてくださっておられればこそ、ゆっくり時間をかけてお育てくださるのです。今立ち止まり考えてみると、これまでの多くの方との様々なご縁を通して、たくさん大切なことを教わりました。あの出会い、あのご苦労をいただけばこそ、あのお言葉、あの思い出があればこそ、私は分からなかったことが分かるように、喜べなかったことが喜べるように、悲しめなかったことが悲しむことができるようにならせていただくのだと思います。さらにこれからもご縁をいただく限り私はゆっくりお育てをいただくことになるのでしょう。仏さまはまさに暁のように、ゆっくりじわじわと私をお育て続けてくださるのです。
これまでにいただいたご縁をお讃えし味わいつつ、すでにもう大きなお育ての中にありますことを、再確認させていただきましょう。

2021年06月23日